多彩な風土で魅力を育む
多様な文化が共存する長野県

地域で大きく異なる、自然条件・地理条件
長野県は南北に約212キロと長く(東西は約128キロ)、面積も1万3561.56平方キロメートルで全国4位と広い。平均標高は全国で最も高い1132メートルで、低地と高地の差も大きい。こうした地形・自然条件こそが、地域ごとの個性ある魅力を形成してきた最大の要因といえる。
海がないため、沿岸部と比べて冷涼で一日の寒暖差が大きいという内陸性の気候が共通するが、緯度や標高差により状況は大きく異なる。例えば5月上旬、最南端の下伊那郡天龍村では初夏の風物詩である茶摘みが始まる一方、北部の志賀高原(下高井郡山ノ内町)ではまだスキーを楽しめる。
また、県歌「信濃の国」では「十州に境連ぬる国にして」と歌われるが、長野県は現在も八つの県と隣接している。北信地方は新潟県(上越・中越地域)、東信地方は群馬県、南信地方は山梨県・静岡県・愛知県、中信地方は新潟県糸魚川地域・北陸地方・岐阜県と接し、隣県からの影響を受けてきた。こうした隣県との交流も、地域の独自の文化を育む大きな要因となっている。

東・北・中・南では説明しきれない地域性
長野県の多様性は、市町村の数の多さにも表れる。長野県の市町村数は77で、北海道(179)に次いで全国2位。「村」の数に限れば35村と全国1位となっている。平成の大合併により市町村数は大きく減少した(120→77)が、それでも小規模自治体が多いのは、住民が自分たちの地域独自の文化や歴史に強いアイデンティティーを持っていることの証明だろう。
長野県の地域を説明する際、「北信」「中信」「東信」「南信」という区分がよく使われるが、この四つに分けても特徴を表現するのは難しい。10の広域圏に分けてやっと、それぞれの地域性が分かりやすくなってくる。
【佐久】佐久市・小諸市、南佐久郡・北佐久郡
首都圏からの玄関口として発展。信越線、小海線、上信越自動車道、北陸新幹線など、交通手段とともに大きく変貌を遂げている
【上田】上田市・東御市、小県郡
「蚕都・上田」の歴史を基盤とする産業地帯。近年は戦国武将・真田氏ゆかりの地、上質なワイン産地としても注目を集める
【諏訪】諏訪市・岡谷市・茅野市、諏訪郡
明治から昭和初期にかけ製糸業で日本経済をけん引。培われた技術力を精密機械工業・一般機械工業へと継承し、県の産業を支える
【上伊那】伊那市・駒ヶ根市、上伊那郡
明治維新直後に飯島町に県庁が置かれ「伊那県」が発足。戦時中の企業疎開で精密機械工業が発展。現在では移住先として人気を集める
【南信州】飯田市、下伊那郡
戦前には、多くの満蒙開拓移民を輩出。その歴史を語り継ぎながら、リニア中央新幹線の開業による大都市圏との連携強化を見据える
【木曽】木曽郡
旧中山道に沿って中央本線が開通し、良質な木材の産地として発展。歴史的景観や伝統工芸、豊かな自然環境が現在も保全されている
【松本】松本市・塩尻市・安曇野市、東筑摩郡
城下町・松本を核に教育・文化・経済面で県を牽引。この150年の中にも、ワインやわさびなど新たな産業を創出している
【北アルプス】大町市、北安曇郡
糸魚川と松本を結ぶ「塩の道」(千国街道)の宿場として発展。現在は自然資源を生かした国際的なアウトドアリゾートへと進化
【長野】長野市・須坂市・千曲市、上水内郡・上高井郡・埴科郡
県都として政治・交通の中心を担い、戦時には国の中枢機能移転の候補地となる。1998年に冬季五輪を開催し世界的認知度を得る
【北信】中野市・飯山市、下高井郡・下水内郡
国内有数の豪雪地帯で、長野県スキー発祥の地。その風景は唱歌「故郷」で歌われ、現在では県内屈指の米・果樹・きのこなどの生産地に

風土や歴史を映し出す食文化
各地域の独自性は「生活の知恵」と結びつき、豊かな文化を育んできた。その象徴の一つが「食」である。そばやおやきなどの粉食、さらに、はちの子・いなご・ざざ虫などの昆虫食、野沢菜漬・すんき漬・凍り豆腐などの保存食の文化が今も受け継がれている。
特にそばは、長野県の象徴的な存在だ。稲作に適さない山間部が多い県内では、古くからほぼ全域で栽培され食されてきたが、地域ごとの気候や風土に合わせ、その形は独自の進化を遂げている。辛味大根のおろしとみそで味わう「高遠そば」、鍋で軽く温めて食べる「とうじそば」、すいとん状にして食べる「早そば」、たっぷりの水を含ませて盛り付ける「戸隠そば」など実に多様。信州そばは、まさに県の縮図だといえる。
近代以降も、長野県ならではの自然条件や地域性を生かした食文化が生まれ、根付いていった。安曇野のワサビ栽培は明治時代に始まり、北アルプスの豊富な雪解け水を利用したことから高品質のワサビが収穫できるようになった。
また、塩尻市桔梗ヶ原では、明治時代に気候や水はけの良い土壌がワイン用ぶどうの栽培に適していることが判明。ナイアガラやコンコードなど北米系品種から始まり、現在はメルローを中心とした欧州系品種へ転換が進み、本格的なワイン醸造が行われている。
さらに、天竜川の河岸段丘で栽培される柿は昔から高く評価されていたが、1921(大正10)年、下伊那郡市田村(現・高森町)の篤農家が「市田柿」として販売しブランド化に成功した。現在では海外でも注目を集める高級品となっている。

暮らしを彩る伝統文化
伝統行事や芸能にも、地域の個性が色濃く映し出されている。国の重要無形民俗文化財に指定されているものだけでも、「跡部の踊り念仏」(佐久市)、「新野の雪祭」(下伊那郡阿南町)、「大鹿歌舞伎」(同郡大鹿村)、「野沢温泉の道祖神祭り」(下高井郡野沢温泉村)などがあり、そのほかにも諏訪大社の御柱祭など地域特有の行事や芸能が各地に残っている。
上田市・別所温泉で夏に行われる雨乞いの伝統行事「岳の幟」(たけののぼり、国選択無形民俗文化財)も、その土地柄が生んだ行事の一つだ。上田市南東部の塩田地域は全国有数の少雨地帯であり、切実な願いが背景にある。安曇野市の穂高神社で毎年9月に行われる「御船祭り」(県無形民俗文化財)は、古代に九州から信州へ移住した海の民が、山国にあっても故郷を忘れぬようアイデンティティーを呼び起こす祭りだといわれる。
近代以降に生まれた行事にも長野県ならではの風土が生かされている。その代表例が花火である。比較的湿度が低い長野県は、火薬の乾燥工程が重要な花火製造に適しているとされ、打ち上げ花火の生産量は全国でもトップクラスを誇る。1949(昭和24)年に戦没者の慰霊と戦後復興を願って始まった「諏訪湖祭湖上花火大会」(諏訪市・8月15日)、1899(明治32)年に始まり冬の花火として知られる「長野えびす講煙火大会」(長野市・11月23日)をはじめ、県内各地で多くの花火大会が行われている。

海こそなけれ物さわに
こうして見ると、長野県の豊かな地域性は、それぞれが持つ地域の自然条件の厳しさを克服するために生まれ、育まれてきたものが多い。四季折々の美しい自然景観だけでなく、そこに息づく人々の営みもまた、かけがえのない長野県の魅力となっている。
「海こそなけれ物さわに 万ず足らわぬ事ぞなき」
県歌「信濃の国」で松本市出身の浅井洌(1849~1938年)が表したのは、長野県の多様性に誇りを持つ県民の心持ちとも受け取れる。それは、この歌ができて100年以上たった今でも、まったく変わることはない。

